7. プリント用ネガ作成

野島康三ネガケース 松涛美術館所蔵

 

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左は野島自身によるトリミング指示が記入された手札写真 いずれも松涛美術館所蔵

 

今回使用した松涛美術館所蔵の野島康三のオリジナルネガは、ブローニフィルムで撮影されたもの。ネガケースには、1958年10月の日付、フィルムはネオパンSS、使用カメラはローライフレックスと記載がある。フィルムには、人物部分をトリミングした手札サイズの白黒写真が添えられており、それにさらにトリミングを指示する枠が描きこまれている。トリミング指示の描きこみは野島自身によるものと思われる。このネガからの最終的なプリント作品は見つかっていない。

今回は、このネガから、トリミング指示通りにプリントを制作するのだが、「野島康三 ゴム印画完全コピー」を目標にする場合、いくつか問題がなかったわけではない。ひとつはネガの大きさとトリミングの問題。そしてもうひとつは、撮影に使用したレンズがガムプリントの時代と全く違うということ。*1

 

1930年頃から野島はガムプリントからブロムオイルに転向するが、変わったのは単に印画技法だけではなく、撮影に使用するレンズやネガの扱いも変化した。ガムプリントの時代まで、野島は柔らかい描写のレンズで撮影した大判のガラスネガから密着プリントをしていたのに対し、ブロムオイル以降はシャープなレンズで撮影した小型のネガから、拡大引伸ばし・トリミングを行うようになった。

密着プリントと引き伸ばしでは、画質が異なってくる。大判ネガからの密着プリントは非常に精細感のある印画が可能だが、小型ネガからの引伸ばしは拡大率が大きくなるほど印画のディテールが疎になり、輪郭(エッジ)が太く、ぼってりとした印象になる。

つまり、収差の残った描写の柔らかいレンズ+大判ネガ+密着プリントの組み合わせの場合、印画は柔らかく精細な印象になるのに対し、収差の少ないシャープなレンズ+小型ネガ+引伸しプリントの場合は、輪郭ははっきりしているが、精細感に乏しい印画になる。

 

今回のネガの野島のトリミング指示に従うと、撮影時のフィルムフォーマット(6×6)の 1/3以下の面積からプリントすることになる。これは35ミリフィルムの1コマとだいたい同じ大きさである。野島のガムプリント作品(特に肖像作品)の多くは四切サイズの大型のネガから作られている。それと今回のプリントに使用するネガのフィルム面積の差は、実に70倍以上にもなる。印画の精細感に関しては、これでは勝負権はないので、妥協せざるを得ない。(参照)

 

正方形の撮影フォーマットに対し、枠内が野島のトリミング指示。

 

野島が撮影に使用したレンズに関しても、ガムプリントの時代とこのネガを撮影した時代では異なっている。今回のネガは高度に収差が補正されたレンズで撮影されている。また、撮影時に少しピントがずれているため、そのまま引伸ばすと、かなりぼってりとした画像になってしまう。この点についても修正のしようはないが、それでもできる限り、画像のディテールがソフトになるように意識してプリント用ネガを調整した。

 

プリント用ネガ(キャビネサイズ)

プリント用ネガは、フィルムスキャナーで取り込んだデータを画像ソフトで調整し、製版用フィルムに出力して作成。

松涛美術館への納品はキャビネサイズだが、細部を確認しながら作業を進めるためにA3サイズのプリントを同時に制作した。そのため、ネガも大きさの異なるものを2種類用意した。

作業開始(サイジング)から、ここまでで一週間経過。

 

 

*1:「柔らかいトーン」はガムプリントの特徴のひとつだと言われることがあるが、誤解である。ガムプリントは、銀塩プリントなどに比べて、再現できる諧調の幅が極端に狭い。だから、むしろトーンは硬い。「芸術写真」の時代のガムプリントのトーンが柔らかいのは、もっぱら撮影に使用したレンズの性質によるものである。しかし、撮影レンズの描写がいくら柔らかくても、硬調になりがちなガムプリントで、そのトーンを再現するのは難しく、かなりの熟練が必要になる。